荻窪駅改札午後3時50分、予定通りMくんと落ち合い、遅刻はしないですみそうです。第1関門突破。
駅を出て歩くこと数分、お店が見つからない。通りすがりのオバサンに聞くと直ぐに分かりました。「南漢亭」、近所でも有名か?いや、気難しい店主で有名なのかも。ドキドキ。
お店を覗くとお客さんは誰もいません。開店は午後5時半、まだ午後4時です。お客さんはいなくて当然でした。
「こんにちは。Mと申しますが、取材にうかがいました。」
奥から出てきた店主と思われる男性は、それほど気難しそうでもなく、一安心。いやいや、まだ油断はできません。
まずは名刺交換。あ!名刺がない!まずい怒られる!いやいやそんなことでは怒られません。名前と連絡先をメモに書いて渡して、なんとかピンチを脱出。しかし、怪しい第一印象を与えてしまったのは間違いありません。まだまだピンチ、危ない状態です。
さて次は取材の主旨、本の内容の説明です。
店名「南漢亭」の由来は、ソウルから東南に30kmほどのところにある「南漢山城」からとったものだそうで、その近くにご主人のお父さんのお墓があるそうです。
韓国料理研究家で料理教室などをしていたご主人のお母さん(趙重玉さん)が、7年ほど前に始めたお店です。荻窪で始めた理由は単純に自宅に近いからだそうです。
お客さんは、主に家族連れや女性のグループが多く、男女の比率では、6対4程度で女性が多く、ご主人のお母さんが出している本を見たり、雑誌などの紹介記事や口コミなどで、近所だけでなく遠くから来る人も多いとか。韓国人のお客さんも全体の1割程度いるそうです。
今までに来たお客さんの中で変わった人と言えば、石焼きビビンバの器を手で持って食べようとしたお客さんがいたそうです。
韓国料理では、元々器を手で持って食べる習慣はありません。器は置いたまま、ご飯やスープはスプーンで、おかずは箸で食べます。日本の食文化も、元々は大陸、朝鮮半島から伝わった物ですから、昔はやはり器を置いてスプーンでご飯やスープを食べていたのですが、いつの間にか茶碗を手で持って食べるようになったとか。
しかし、石焼きビビンバの器を持とうとしたお客さん、火傷しなかったのだろうか。ちょっと心配ですね。
料理の特徴は、一言で言えば、韓国の家庭料理、ソウルの家庭料理です。最初にも言ったように、辛さを求めて来るタイプのお店ではありません。もちろん中には辛い物もありますが、子供から大人まで食べられる家庭料理。どちらかというと薄味なソウルの家庭料理のお店です。
日本で韓国料理と言うと、どうも焼肉屋というイメージを持たれがちですが、実際の韓国料理、韓国の家庭での料理は、野菜が6割、次は三方を海に囲まれていることもあって魚、そしてその次に肉という感じなのだそうです。日本人が、天ぷら、すき焼き、寿司ばかり食べているわけではないのと同様、韓国人が毎日焼肉を食べていたりはしません。
そもそも焼肉屋の始まりはホルモン焼き、安い内蔵を焼いて食べさせる店で、韓国料理とはあまり関係はないらしいです。
韓国料理は、西洋料理と比べるとイタリア料理に近い物で、イタリア料理のベースがオリーブオイルなら、韓国料理のベースは胡麻油です。また、日本料理と中華料理のどちらに近いかと言えば日本料理に近く、胡麻油とスパイス、各種の唐辛子を使って、素材の味を引き出す料理が韓国料理です。
日本では一般的には唐辛子と言えばただ辛いだけで、色々と種類があるわけではありませんが、韓国では、辛い物、辛くない物など、色々な種類の唐辛子があり、それらをうまく使い分けて料理をします。お店で唐辛子は、韓国に直接仕入れに行っているそうです。
他の食材、肉や野菜などは日本で手に入る物を使っていますが、日本の野菜は韓国の物に比べて水分が多く、そのあたりは料理の仕方で調節しているそうです。
また、料理を盛りつける器も、韓国などから韓国料理に合う物を調達しているそうでs.韓国料理は色彩的にはどちらかというと地味なので、器が派手だと器に負けてしまうので、料理に目が行くように、器はあまり色彩が派手ではない物を使うとのことです。
さて料理ですが、初めてのお客さんは、色々な物が一通り食べられるコースを頼むのがよいだろうということです。
コースには「梅花膳(12,000円/要予約)」、「梨花膳(8,000円)」、「綿花膳(5,000円)」の3種類があり、「梨花膳」か「綿花膳」を頼むお客さんが多いそうです。
今回は「綿花膳」です。経費で食事、美味しい仕事ということで引き受けた我々も、根は小心者なのです。
「綿花膳」コースは、「雑菜」、「オイキムチ」、「カボチャかゆ」、「貧者煎」、「ナスのキムチ」、「白菜のキムチ」、「ナムル」、「焼肉」、「にこごり」、「ネギの煎」、「クッパ」、「デザート」です。
「雑菜」は、春雨と野菜の胡麻油あえで、胡麻油の風味が食欲をそそります。
「カボチャかゆ」は、カボチャとご飯をすり潰してポタージュ風にした物で、他では味わえない料理のひとつです。カボチャの甘味はしつこくなくさっぱりしています。
「貧者煎」は、緑豆の粉で作った、キムチと豚肉が入った韓国風のお好み焼きです。さっぱりした独特のタレを付けて食べます。
「ナスのキムチ」も他ではあまり食べることのできない料理ではないでしょうか。コリっとした歯ごたえと、ピリっと効いた唐辛子の辛さが美味しい。
「焼肉」は、肉の他にナス、ズッキーニ、ニンジン、シシトウ、椎茸、タマネギなどの野菜を、加熱した石の平らな鍋で焼きます。加熱した石の上で一気に焼くことでうまみが逃げず、石の表面の微妙な傾斜に沿って、余分な油は鍋の周りに彫られた溝に流れる仕組みになっています。焼肉の石鍋を温めている間に「にこごり」が出てきますが、これを焼いてはいけません。
「ネギの煎」は、「貧者煎」と同じタレで食べるネギの玉子焼きです。 「クッパ」は、よくある焼肉屋の胡椒がやたらに効いていて塩辛いだけの物とは違い、非常に味わい深いスープで美味です。スープは残らず飲み干します。
「デザート」は「五味子(ごみし)」と栗のお菓子。「五味子」は漢方のゼリーで、甘さ控えめ、さっぱり、プルルンです。
食事中やデザートについて出されるお茶は、トウモロコシのお茶です。
これで取材は終わり。店主に怒られることもなく、石鍋を抱かされることもなく、無事終了です。めでたしめでたし。